春へといざなう、京まちなかの桜~風まかせなそぞろ歩きにて~

季節が、移ろいます。

待ち望んだ桜も急ぎ足で通り過ぎてしまったような感じで、今はもう初夏を迎えようとしている時節です。

河津桜、しだれ桜、ソメイヨシノとタイミングを逃してしまうと逢う機会を失してしまう、もちろん桜は待ってくれたり、今年も来てくれたねと労ってくれることはありません。

桜との美の追体験を求めながら、刹那的につねひごろの日々を送る、春は少し挑発的で魅惑的な季節です。

少しおかしい、変なのではお感じになる方もおられると思いますが、「私の京都」という感覚があります。

つまり、独り占めするまでとはいかなくとも、春は桜、秋は紅葉としっかり向き合いその美に陶酔する、かつてはつねひごろの暮らしに織り込むことができました。

最近は、観光に訪れる方がぐっとぐっと増えて、「ああ、ここもダメか。」と感じつつ、「私の京都」はとうてい無理という現況を認識しています。

それはそれとして、私が毎年訪れる西陣の桜、風まかせなそぞろ歩きにて訪れた桜の名所(「2026年 私の京都」編)をお届けします。

一条戻橋

安倍晴明で有名な清明神社の近くにある小さな橋。

死者が蘇ったという話、鬼が切り落とされた腕を取り返しに戻ったという話、結婚を控える女性は渡ってはいけないなどさまざまな逸話や曰くが残る橋です。

濃いピンク色の花弁が愛らしい。
2月の下旬から3月初旬が見頃で、うっかりしていると見逃してしまいます。

私にとっては、春を告げる桜と感じており、待ち侘びた桜を求めてそぞろ歩きを始める契機となります。

本満寺

毎年注目する桜。

3月末に何度も下見に行き、絶好のタイミングを見極めないといけない、気を遣うしだれ桜です。
いつ満開となるか、天気予報や気温の変化を日々チェックし、ソワソワと落ち着かせてくれない桜です。

これまで何度もふられた経験より、今年こそ見逃すまじという心得を持ち観桜のタイミングを探っています。
観ることができた、できなかったという過去の対決を下記の記事に示しています。
ここも年々訪れる人が増え「私の京都」は難しくなったと感じています。

立本寺

知る人ぞ知る桜。

雨宝院

西陣のまちなかにひっそりとたたずむ寺院。

これまで「私の京都」を感じるため訪れていましたが、近年は観光客が増え、風情が少し希薄になりました。

水火天満宮

堀川通沿いにある小さな神社。
しだれ桜が美しいです。

この界隈は、妙蓮寺や妙顕寺もあり春と秋は季節の移ろいを体感するのにまたとない地で訪れる価値ありです。

観光立国「日本」という政策の下、豊富な観光資源を持つこのまちが国際的な観光都市という視点からも注目され続けるのはもちろん歓迎すべきことと感じています。

しかしながら、「私の京都」という自分勝手な想定が希薄になりつつあり、風まかせなそぞろ歩きもそそくさと帰らざるを得ないというのは、過ぎ去った春に置いてけぼりをされたような少なからず寂しいと感じてしまう-そんな、今日このごろの想いです。