真意は?京都の風土や京都人の気質を表すことわざ3選
京都のことわざ
京都は長く都が置かれたまちで、時代の変遷と伴に多くの人たちが訪れ、また去り、蓄積された伝統と文化がまちの基底にあります。
長い歴史があるまちですので、その風土やまちでの暮らしはさまざまな言葉や言い回し、修辞、さらにはことわざといったものを生み出してきました。
殊にことわざは、京都の風土と京都人の気質が如実に示されているところがあり、興味深いです。
いくつもある京都のことわざですが、よく知られているものの中から私感を交えて3つご紹介します。
☆「一見さん、お断り」
☆「お水取りがすむと春が来る」と「比良の八講荒れ終い」
☆「弘法さんが晴れやったら天神さんは雨や」
(広告)一見さん、お断り
これは、格式のあるお店(だいたいお高い)では初めてのお客さんを断るという意味で、お客さんにしてみると失礼やないかとなるのですが、ここでへそを曲げると「不粋」となります。
お店、よくあるのがお茶屋などでの暗黙の了解事項、いわゆるスタンダードなのですが、初めてのお客さんはおもてなしが難しいし、悪い評判でも立つぐらいなら体裁よく断ったらよろしおすなのです。
別の見方からすると私は、「不粋」がキーワードだと感じています。
気の張るような本格的なお茶屋へは行った経験がありませんが、花見小路や宮川町のお店というと、私はあまり気が進みません。
「不粋」と思われるのが嫌で、未だに祇園に対してはあまり好感が持てないでいます。
芸妓はんや舞妓はんは、にこにこされてますが、おそらくは「粋」・「不粋」で人を測っていると思います。
お水取りがすむと春が来ると比良の八講荒れ終い
これは、待ち侘びる春の訪れを切望する京都人の口癖です。
かつてのおやじとの会話。
「お水取りがすんだし、もう春やな。あったこ(暖かく)なるで」とおやじにいうと、
「いやいや、まだ比良の八講があるさかい、あの荒れが終わらんと春はきいひん」
とのやりとりがあったことを記憶しています。
3月1日から2週間に渡って行われる、東大寺二月堂での修二会(しゅにえ)が終わると、日差しも春めいてきて、春の訪れを感じるのですが、この後3月20日頃にはまた寒さがぶり返します。
比良颪(おろし)と呼ばれる冷たい季節風が琵琶湖周辺で吹き荒れ、これが終わらないと本格的な春が京都には訪れないのです。
弘法さんが晴れやったら天神さんは雨や
参考URL
http://www.touji-ennichi.com/
参考URL
http://www.kottouichi.jp/tenjin-ichi.htm
東寺の「弘法さん」は、毎月21日に立つ弘法市で、北野天満宮の「天神さん」は毎月25日に立つ天神市を意味します。
この双方の縁日ですが、一方が雨であれば他方は晴れというように単に天気の変化を示しているだけに思われますが、実は違います。
昔から弘法さんと天神さんは仲が悪い、両方の縁日が晴れることはないねんと教えられたものです。本当は、関係ないんですけどね。
まだまだ京都のことわざのおもしろさが続くのですが、またの機会に。
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