メールと手紙の違い~特別感の手紙、長文メールはうんざり~

電子メールが広く使われ始めたのは、もう20数年前ぐらいではなかったでしょうか。

私の記憶では、当時まだメールソフト(メイラー)はありませんでしたので、UNIXのコマンドを使っていたように思います。

確か、mailというコマンドだったと記憶しています。プロンプトから、mailコマンドに続いて送付先を入力し、その後にメールの内容をベタ打ちするという手順で、最後にピリオドを入力するとメールが送信されるといった具合です。

こんな便利な機能があるんやと当時は感動しましたが、現在では当たり前の通信手段となっています。

ところで、メールはどのようにお使いですか?

私は、もっぱら用件の伝達手段として使っています。込み入った話や相談事、また自分の感情があらわになるような内容にはメールは使いません。

SNSの普及に全く見知らぬ方とのメールも時として必要になりますが、基本的には自分の感情に深入りするような内容は書かない、送らないこととしています。

かつて大学職員をしていたころ、情報関係部署に所属していた際は、仕事に関わるあらゆるメーリングリストに登録していましたので、毎日山ほどメールが届いていました。

1つ1つ全てのメールをチェックし、読んでいては日が暮れてしまい、仕事になりませんから、大方は読むことがありませんでした。

おそらくその頃の習慣なのでしょう、メールは用件の伝達手段と思うようになったのは。

関係業者や他部署の連中にも、基本的には用件しか伝えない。

それゆえに、私のメールの内容自体も手短かで味気ないものとなっていたと感じています。教員からクレームが電話で来たこともありましたね。

それなら、電話で話すあるいは直に会って話す方がよっぽどお互いの表情も含めて真意が伝わるのにと感じたこともありましたが。

話が少しそれますが、年賀状もメールで済ませる方が増えているとか。

みなさん忙しいですからね、合理的といえば確かにそう感じますが、どこまで真意が伝わっているのやら。

けれども、はがきの表の宛名も裏も印刷となると、メールの方がいいかもしれませんね。

今は手紙を書くということもかなり稀になったのではと思います。メールで済ませることができるような場合は、わざわざ手紙など書きませんから。

手紙で思い出しますが、上司のご自宅におじゃましてごちそうをいただいた時などは、後日に必ず礼状を書いてお送りしていました。

手紙は、その人の人となりや字から浮かび上がる真意とか情が伝わって、送る側も受け取る側もなにか暖かいものを感じたものです。

もちろん、メールでも真意や情を伝えることは可能です。私もそういう心がけが必要だと思っています。

もうひとつは、パソコンばかりたたかずに、きちんと字を書くようにしてみようとつねひごろ感じていることです。

   

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