もし京都が東京だったらマップ~2つの京(みやこ)比較論~

4年ほど前に出版された書籍なのですが、タイトルに目を引かれました。

「もし京都が東京だったらマップ」というタイトルなのですが、京都に住まうものとして思わず手に取って読み進めることにしました。

著者の岸本千佳さんは、東京というまち、京都というまちを熟知されていて、まちなか歩きの達人!と感じました。

私は東京のことは詳しく知りませんが、京都のこまごまとした一般的にあまり知られていないことまでこの方はよく知っておられて、脱帽の感がありました。

東京なのですが、初めて訪れたのは大学生の時で、同級生から早稲田に通っている友人のところへ東京見物も兼ねて行ってみようと誘われたからでした。

そんな若い時から、やはり東京は大都市で東京に行くということは、見聞ではなく私たち田舎者が見物に行くという意識が強かったように感じていたことを覚えています。

もう30数年も前のことですから、記憶は薄らいでいるのですが、早稲田大学、明治神宮、浅草寺を訪れたようです。

印象的だったのは、

・時間がかかるのになぜか「こだま」で東京に行ってしまったこと

・早稲田に通っている友人のアパートは新宿の信濃町にあったのですが、ひどく汚く、つまりもっさい(むさくるしい)部屋であったこと

・東京は至るところに「四条河原町」があって、銭湯に行こうとして手ぬぐいと洗面器を持って歩いていたら東京の超繁華街の交差点を渡っていて心底驚いたこと
要は、京都の四条河原町の交差点を手ぬぐいと洗面器を持って渡っている滑稽な若者の姿と思い浮かべてみてください。

といったことでしょうか。

その後、大学職員時代には何度も出張で東京を訪れましたが、やはり大阪や神戸、名古屋、仙台、福岡といったさまざまなまちとは違う大東京、大江戸をいつも感じていました。

他大学訪問の機会が何度となくありましたが、早稲田、慶応、明治、青山学院など東京というまちに大学という大学がひしめき合っていましたから、京都の大学のような「ゆるさ」ではなく、大学間競争でしのぎを削っている様子が直感的に伝わってきました。

もう東京に足を運ぶことはほぼありませんが、東京でいつも感じていたことは自然がない、乏しいということでした。いえ、自然が見えないという方がふさわしいかもしれません。

京都では、まちなかから北山、東山、西山が望め、少し歩けば鴨川に着いているというようにまちなかに自然がつねひごろ的に溶け込んでいる、そしてこの風情を楽しむことができるといえることが東京とはちょっと違うと感じます。

この著書でも、「京都の魅力は、都市と自然の両方が楽しめること」といっておられますが、まったく、同感です。

古地図など、地図を眺めることが好きなのですが、今改めて巻頭の「もし京都が東京だったらマップ」を見ながら、なるほど!、ちょっと違うなあ、などなど非常に興味深く感じられます。

いつか東京を訪れる機会があれば、このマップを持ってまち歩きをしてみたいと思っています。