めぐりくる春に思うこと~平野神社の桜と平兼盛の和歌~

見渡せば比良のたかねの雪消えて若菜摘むべく野はなりにけり」(平兼盛

(見渡すと比良山の高い峯の雪が消えて、野原は若菜を摘むことができるようになっていたことだよ)

 琵琶湖の西にある比良山は、古くから京都の春到来の表現に深い関わりをもってきました。「比良の八講の荒れ終い」は、比良山から吹きおろしてくる強風が終わると京に本当の春がやってくるという言葉。またここに挙げた平兼盛の和歌のように、この山の雪のありなしもまた季節の移り変わりをあらわす大きなしるしでした。 

 平兼盛は平安時代中期の歌人で、小倉百人一首にも入った「しのぶれど色にいでにけりわが恋は ものや思ふと人の問ふまで」(人に知られるまいとこらえていたが表情に出てしまっていたことだ、わたしの恋は。物思いをしているのかと人が尋ねるほどに)がよく知られています。この歌は村上天皇の御時、内裏の歌合で壬生忠見の歌と勝ちを争い、判者は優劣を決めかねたが、ふと気づけば帝がこの歌を口ずさんでいたため、こちらが勝ちとなったとか。冒頭の「若菜摘むべく」の歌も、比良山と共にある都人の春の実感が身にせまり、これも口ずさみたくなるようなおもむきがあります。

 もともと皇族として生まれ臣籍にくだって平氏となった兼盛ですが、こうした臣籍降下の氏族の崇敬を集めた神社、すなわち兼盛の氏神にあたるのが、都の中でもとりわけ春を感じさせる平野神社、地元の呼び方では「平野さん」です。 

 平野さんの春は本当に素晴らしい。春、この社を訪れると、空を覆うほどに咲き乱れる桜の繚乱に圧倒されます。その数の多さはもちろん品種の多さも抜きんでていて、有名な魁桜という枝垂れ桜を始め、紅色がかった八重や白い花弁に少し緑が入ったもの、 薄い花弁が球形に重なり合った突羽根という桜など、次から次へ咲いてゆく桜でひとつの春の変遷を追うことができるのも平野さんならではの魅力だと思います。 

 ここにまつられている四座の神は、今木皇大神(いまきすめおおかみ)が生きる活力をもたらし、久度大神(くどのおおかみ)はくど、つまりは竈の神として煮炊きを司り、古開大神(ふるあきのおおかみ)は邪気を祓い、比売大神(ひめのおおかみ)は生み出す力を守る。要はこぞって生命力を守護してくれているのですが、平野神社の繚乱たる桜の花は、まさしくそうした神の力のあらわれといえます。桜は豊穣の花、春になると訪れてくるよみがえりの花、溢れ出る生命を感じさせる花。 

 思えばコロナ禍のこの一年、人との往き来も途絶え、ただ医療と経済のニュースに心を痛める日が続きました。まさに日常が凍りついてしまったような毎日でした。

 それでも今、陽ざしがゆるみ、花の咲き出した京都の町を眺めると、止まっていた時間が動き出し、生き生きとしたものが自分の中によみがえってくるのを痛切に感じます。不安や恐れはまだ至るところに存在しますが、今までだって災厄は何度も起こり、どれもが必ず終息していったのだと、そう思い出させてくれるのが春なのかもしれません。変わらぬ花がやってくる、そしてわれわれは、この欝々とした物思いから顔を上げ、まるで山からの強い風が止んでいたのにふと気づくように、自分たちの周囲に春の光が満ちているのを見るのです。

 平兼盛の詠んだ花の歌をあげておきます。

ひととせに再びも来ぬ春なればいとなくけふは花をこそ見れ

(一年の内に二度はめぐってこない春なので、他に何をするということもなく、今日はただひたすら花を見ていることだ)

 そしてもう一首。

世の中に楽しきものは思ふどち花見て暮らす心なりけり

(世の中で楽しいことは、気の合う者同士で花を見て一日を暮らすことだよ) 

 千年前の歌にこめられた実感が胸にしみ入るようです。気の合う人たちと一緒に花の前に佇むことのできる、そんな日常がどうか早く戻ってきますように。それを願いながら、一年に二度とは来ないこの春を深い喜びをもって迎えたいと思います。

この記事を書いた人
入江 澪