島原の太夫、見事な茶の点前をみせ~井原西鶴「好色一代男」

―――初雪の朝、(にはか)に壺の口切りて、上林(かんばやし)の太夫まじりに世之介、正客にして、喜右衛門方の二階座敷をかこうて、懸物(かけもの)には白紙を表具しておかれけるは、ふかき心のありさうにみえ侍る―――

(初雪の朝、(島原の太夫、高橋は)急に思い立って茶壺の封を切り、茶の湯を催すことにした。茶会には島原の上林のかかえる太夫たちも入って、正客は世之介。揚屋(料亭)八文字屋喜右衛門の二階座敷を囲って茶室とし、白紙を表具した掛物を掛けているのは、何か深い訳がありそうにみえる)(「好色一代男」)

井原西鶴「好色一代男」巻七「その面影は雪むかし」は、京都・島原遊郭にいた高橋という太夫が茶会を催すお話です。

高橋は自分の紋つきの茶道具を出して茶菓子の器には雛祭りの行器を選び、茶の湯の水に通人のあいだで重んじられていた宇治川の水をわざわざ汲みに行かせます。                                

そうしてみずから墨を摺り、その座の一同に雪の眺めで当座の俳諧を巻いてもらい、例の白紙の表具におのおの自句を書き付けさせて、見事な掛物を完成させます。ちなみに花筒には花が生けられていませんでしたが、太夫たちにまさる花は無いという意味であろうとのこと、さても心憎い趣向の数々です。

―――高橋その日の装束は、下に紅梅、上には白繻子に三番叟(さんばそう)の縫紋、萌黄の薄衣に紅の唐房をつけ、尾長鳥のちらし形、髪ちご額にして金の(ひら)(もとゆい)を懸けて、その時の風情、天津(あまつ)乙女(をとめ)の妹などとこれをいふべし。手前のしをらしさ、千の利休もこの人に生まれ替られしかと疑はれ侍る――

(高橋のその日の装束は、紅梅染めの下着白繻子に三番叟の縫紋をした上着萌黄色の薄い絹に紅の唐房をつけ、尾長鳥の模様を散らした(うちかけ)髪は少女のような稚児髷に金の平たい元結をつけて、その様子は天女の妹などとも言えるだろう。茶を点てる手前の殊勝さは、千利休の生まれ変わりではないかと思われるほどだ)

太夫は、美貌のみならずお茶、お花、お香などの諸道、『源氏」や『伊勢』や和歌、俳諧などの教養、音曲の技芸などを身につけた、遊女の最高位です。

高橋の天女ともいわんばかりの圧倒的な美しさと、千利休の生まれ変わりかと疑いたくなるほどの点茶の腕前の素晴らしさ。世之介もすっかり気持ちよく酔っぱらってしまい、一同無礼講で夢のように楽しいひとときを送ります。

そんなとき、別の揚屋に高橋の馴染み客である尾張の大尽がやってきました。呼び出された高橋は、断ってくると言っていったんは立ちますが、座敷に顔も出さず戻ってきてしまい、あとは頑として動こうとしません。

世之介の心配を退け、彼女は世之介に三味線を弾かせ膝枕して投節を歌い出し、ついには大尽が刀で斬りかかってきても目もくれず、声もふるわせず歌い続けます。

品格を備え、愛嬌と教養に富み、しかも圧力に屈しない心意気、見事な太夫の存在が、こうした遊興の場での美学、粋(すい)を支えています。

島原の吉野太夫や、もと島原にいてのち大坂へ行った夕霧太夫、「好色一代男」には、そうした名妓たちのずば抜けた美質が書き残されていますが、あの言葉巧者で韜晦(とうかい)に長けた西鶴が、女たちの見事さに素直に感嘆している、そんななまの感覚が伝わってくるようで、読むたびに心動かされる一章です。

この記事を書いた人
入江 澪