料理は器で決まる?~食卓を華やかに、鮮やかに演出~

それこそ若いころ器(うつわ)には、全く興味がありませんでした。お茶碗もお湯呑みもお皿も。毎朝、NHKの連続テレビ小説「スカーレット」を見ていますが、陶器って趣ありますね。スカーレットは、緋色(ひいろ)を意味しているそうで、橙色に少し近いような黄色がかった明るい赤色といった感じを持ちました。

ところで、器です。私は、大学職員をしておりましたから、学生食堂で昼食を取ることもありました。多くの学生が、毎日食事をするのですから、食器もプラスチック製の使い回しができるものになります。当然です。

が、そこそこ歳を経たおっさんには、やっぱり味気ないのです。「学食の食器に趣き深さを求めてどうすんねん?」ですが、機能的で使いやすいという点からすると満点なのですが。

ご飯茶碗で、少し驚いたことがあります。かつての上司の話なのですが、ご飯茶碗は、家族みな同じとのこと。お父さんもお母さんも子供たちもみな同じ茶碗。

おやじのお茶碗、おふくろのお茶碗、私のお茶碗と決まっていた私の家のことを考えると、よそさんは、いろいろあるんやなあ、へえーと思いました。

これは、テレビだったか新聞だったか、人から聞いたのか定かではないのですが、料理は最終的に器で決まると。引き締まるといった方が合っているのかもしれません。

何度となく会席料理をいただいたこともありますが、品数の多さや食材の高価さでお値段が異なるように設定されています。

一番高いコースをと考えてみても、品数があまりに多かったりしても食べきれませんし、高価な食材にしても限界があります。

そこで最終的に料理を引き立たせる、つまりコースの値段の違いは、器の違いなのだと感じています。室の雰囲気、給仕をされる仲居さんの感じ、もちろんお料理、そしておもてなしをさらに際立たせるのが器なのではないかと個人的には思っています。

お皿ひとつにしても、お猪口ひとつにしても、これは趣あるなあと心に響くような感じがあれば、それはすがすがしい雅な出会いだと感じています。

今は、ネットやガイドブックやあらゆる京料理の情報があふれていますが、やっぱり実際にお店に足を運んで、料理を味わいながら器をとくと見る、これがお外ご飯の醍醐味ではないでしょうか。

食卓を華やかに、鮮やかに。

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