バレンタインデーのあと~お返しに渋く和菓子という選択も~

数日前、バレンタインデーでした。大学に勤めていたころ、こんなシケタおっさんの私にもバレンタインのチョコレートをくださる方がおられました。

おふたりなのですが、ひとりは部下であった方、もうお一方は後輩で歴史研究会のような会でご一緒していた方でした。

もう、仕事は辞めてしまいましたので、そうしたありがたいものをいただけるわけにはまったくありません。

それで、お返しをするのですが、私は決まって壬生寺近くにある京都鶴屋「鶴寿庵」の「屯所餅でした。ちょうどお店の隣りが八木邸で、新選組が屯所としたところです。

私は、土方歳三がどうも気になって新選組のことをあれこれ調べたり本を読んだりして、「滅びの美学」というのでしょうか、その生き方に憧れました。

男前やなあ、土方の写真を初めて見た時の感想ですが、上七軒やら島原やら祇園やらで相当モテたらしいです。まあ、かっこよかったんでしょうな。

五稜郭の戦いの際34歳だったそうですが、私も同じ年ごろから新選組に傾倒し、たぶんこのころからバレンタインのお返しは「屯所餅」にしていたと思います。

「屯所餅」ですが、京野菜の壬生菜を刻んだものが入っていて、丹波大納言小豆の粒あんが餅に包まれています。やっぱり、粒あんですよ。

お返しが和菓子で「屯所餅」、おふたりはどう感じておられたのか定かではありませんが、私が新選組ファンであったのは薄々感じておられたと思います。

新選組がお好きな方もけっこうおられるでしょうから、「鶴屋」さん周辺を少しご紹介します。

八木邸は、繰り返しになりますが、新選組発祥の地で、江戸から京都へやってきた彼らが屯所とした場所です。

土方や沖田たちが芹沢鴨を暗殺しようとした際、芹沢が逃げようとしてつまずいた文机も当時のまま残っています。

八木邸から少しのところに「旧前川邸」があります。山南敬助が切腹を前にして、明里と今生の別れを惜しみます。

さんなんさん(山南敬助)の墓は近くの光縁寺にあるのですが、「沖田氏縁者」という墓もあります。お寺の住職さんの話では、恋人の明里であると明言されていました。

かつてNHK大河ドラマ「新選組!」が放映されていた当時、この界隈は、それはもう人でいっぱいでした。あのドラマもなかなかおもしろかったですね。

幕末と新選組の風情を感じに、また壬生にも行こうと思います。