野菜で飾った御輿が見もの、北野天満宮の瑞饋祭

秋は祭が目白押し

季節の移ろい、時が過ぎていくことを感じながら次に訪れる季節に心を寄せるのですが、夏がようやく終わり秋風が少し感じられる時候とはなったものの、まだまだ残暑が居座っています。

もう9月も終わりに近づこうとしている日々、気候変動というのでしょうか、不安定な気温や気圧の変化を感じつつ本格的な秋の訪れをじっと待っています。

ところで、とかく京都は行事や祭の多いところで、有名な祭といえば、春の葵祭、夏の祇園祭、秋の時代祭といったところでしょうか。

まちなかには、さまざまな神社があり、この神社にまつわる祭も神社に縁のある町内や地の人たちのよって継承され賑わいとともに催されます。

先に「今宮さんから天神さんへ~京都の氏子の区域を探ってみる~」でもお示ししましたが、

京都には氏子の区域が存在し、私の住む界隈は天神さん(北野天満宮)の氏子となっています。

天神さんの瑞饋祭(ずいきまつり)

瑞饋祭巡行の様子

天神さんの祭というと、数ある京都の秋祭りの先陣として瑞饋祭を思い浮かべることができます。

瑞饋は、漢字で示すと少し難しいからでしょうか、ひらがなで「ずいき」としていることも多く見受けられます。

ただ、毎年北野天満宮から届く祭のチラシには、「瑞饋祭」とあり、みこしも神輿ではなく御輿と記されています。この記事では、瑞饋、御輿で統一させていただいています。

あまり聞き慣れぬ瑞饋(ずいき)という言葉、祭の由緒、極めて珍しい御輿について少しご紹介しましょう。

ずいき

芋茎(ずいき)

ずいきとは、芋茎(さといもの茎)を指します。

瑞饋祭の御輿は、野菜で装飾されていることでも有名です。

祭の由緒

もともと西之京の地で行われていた氏子の祭が、明治時代になり神幸祭が取り入れられ、現在の祭の形となりました。五穀豊穣に感謝する秋の大祭です。

現在の地理的な位置関係を少し補足しますと、北野天満宮は今出川通に面していて、御前通(おんまえどおり)の東側に位置します。この御前通は、北野天満宮の門前を通ることに由来しています。

北野天満宮より西に西大路通があり円町の方向に下がり、妙心寺通(上ノ下立売通)を西へ佐井通まで行くと御旅所(おたびしょ)があります。

瑞饋祭は、北野天満宮と御旅所を往来するのですが、御輿が巡行する界隈一帯が西之京であったのではないかと考えられます。現在でも西ノ京として多くの町(町内)が残っています。

北野天満宮は、まちでは天神さんと親しみを込めて呼びかけますが、もちろん菅原道真公に深く関わっています。

10月1日に始まるこの祭りですが、4日の還幸祭は、天神様が御旅所から北野天満宮へお帰りになるということだけではなく、道真公の御霊が神様として天満宮の地においでになるという重要な意味も併せ持っています。

瑞饋祭マップ

瑞饋御輿

瑞饋祭の御輿

瑞饋御輿は、非常に珍しく特徴ある御輿です。

屋根と四本柱にすべて瑞饋を使い、鬼瓦をかしら芋、瓔珞(ようらく:御輿の垂れ飾り)を茄子や唐辛子、ほおずきといった野菜で飾り付けされます。

とかく獅子舞によく噛まれた

瑞饋祭の獅子舞

これは余談になるのですが、もともと上京で生まれ育ちましたので当時は今宮さん(今宮神社)の氏子でした。

春には4月にやすらい祭、5月に今宮祭が催され、今宮祭も神輿が巡行する大きな祭です。

小学校に上がる前の小さな子供の頃でしたが、通りでぼんやり祭を観ているといつもタイミングを計ったかのように獅子舞にガブリとよく噛まれました。噛まれると獅子の中のおじさんの顔が見えて、とても驚きよく泣かされました。

今も獅子舞を見つけてしまうと身構えてしまうのは、当時の思い出が残っていることが影響しているのかもしれません。

   

ずいき祭についておおまかな雰囲気をご紹介しました。

秋の京都は、祭をテーマにまちなかを巡るのも趣深いと思います。

すっきり晴れた爽涼な秋空の下、京の祭を通じて氏子や京都人の心意気にふれてみるのもいかがでしょうか。きっとこれまで知らなかったまちの姿を垣間見ることができるでしょう。