京都まちなかで迷子?~思わず口ずさむのは京の通り名数えうた~

かごめかごめ
かごめかごめ

まちなかで思いがけずに迷子になる

もうこれはまったくお恥ずかしい話なのですが、京都に50年以上も住みながら迷子?なることが時折あります。

御所をふらりと訪れて、堺町御門を出たあと、御池通の方向につらつらと進んでいる(下がっている)と、

「あれ、ここなに通(どおり)やったかいな?」

といい歳をしたおっさんが感じることがあります。

時には、スマホで現在地確認し通り名をさがすことすらあります。

御所南界隈で迷子になると、北は御所、南は御池通から京都タワー、東は鴨川、西は烏丸から堀川・千本とまちの基本は当然の知識として理解しているものの、現在地不明に陥ってしまいます。

京の通り名数えうた  

そんな時は、我知らず「まるたけえびすにおしおいけ・・・」を口ずさんでいることにふと気づきます。

ご存知の方も多くいらっしゃると思いますが、京都に伝わるわらべうた京の通り名数えうたです。

このうたは、丸太町通(まるたまちどおり)から東西の通り名を数えうたで歌っていく京暮らしの知恵のひとつともいえそうです。

南北の通り名は、寺町通(てらまちどおり)から始まります。

さらにお恥ずかしい話なのですが、私はこの通り名の数えうたを最後まできっちりと歌うことができません。

それでも、「はて、今どこ?」の際やお店を探している時などは大いに役に立ちます

調べた訳ではありませんが、長く京都に住まう方たちでもこの数えうたを口ずさみながら碁盤の目の中を歩いておられるのではないかと感じています。

碁盤の目のまち 京都
碁盤の目のまち

京の通り名数えうた(東西の通)

まるたけえびすに おしおいけ(丸竹夷二 押御池)

丸太町通(まるたまちどおり)

御所のすぐ南に接する通りです。

なぜ丸太町通からはじまるのかという点について少し考えてみました。

丸太町通より上(北)は天皇がお住まいになられる御所で、この通りより下(南)にまちの人たち(町衆)が居住し、畏き辺り(かしこきあたり)と区分けしたのではと考えられます。

竹屋町通(たけやまちどおり)

夷川通(えびすがわどおり)

烏丸竹屋町から寺町通まで家具屋さんの店が並ぶ家具屋通り。

二条通(にじょうとおり)

堀川二条は、二条城の東大手門

押小路通(おしこうじどおり)

御池通(おいけどおり)

   

あねさんろっかく たこにしき(姉三 六角 蛸錦)

姉小路通(あねやこうじどおり)

三条通(さんじょうどおり)

堀川三条から千本三条までが、庶民派商店街の三条会商店街

六角通(ろっかくどおり)

三条六角に六角獄舎跡があります。

また、この獄舎のすぐ近くに武信稲荷神社があり、龍馬とおりょうさんの逸話が残されています。(龍馬が自分の生存を神社の榎に「龍」を彫って伝えたとか)

蛸薬師通(たこやくしどおり)

錦小路通(にしきこうじどおり)

寺町通から高倉通までが、観光客でにぎわう錦市場商店街

   

しあやぶったか まつまんごじょう(四綾 仏高 松万五条)

四条通(しじょうどおり)

京都の中で最も賑やかな通りで、東の突き当り(どんつき)は八坂神社です。

また、祇園祭では、鉾が巡行します。

綾小路通(あやのこうじどおり)

仏光寺通(ぶっこうじどおり)

高辻通(たかつじどおり)

松原通(まつばらどおり)

もともとの五条通(五条大路)で清水寺への参道でした。

万寿通(まんじゅどおり)

五条通(ごじょうどおり)

   

せったちゃらちゃら うおのたな(雪駄 ちゃらちゃら 魚の棚)

雪駄屋町通(せったやちょうどおり)現・揚梅通(ようばいどおり)

鍵屋町通(かぎやちょうどおり)現・的場通(まとばどおり)

魚の棚通(うおんたなどおり)現・六条通併合

   

ろくじょうさんてつ とおりすぎ(六条 三哲 通りすぎ)

六条通(ろくじょうどおり)

三哲通(さんてつどおり) 現・塩小路通(しおこうじどおり)

   

ひっちょうこえれば はっくじょう(七条 越えれば 八九条)

七条通(しちじょうどおり)

八条通(はちじょうどおり)

九条通(くじょうどおり)

   

じゅうじょうとうじで とどめさす(十条東寺で とどめさす)

十条通(じゅうじょうどり)

「とどめさす」という表現が独特で、意味ありげに感じます。

個人的には、この通りで都の果てではないかと昔の人たちも感じていたのではないかと考えます。(数えうたの南北の通で最後に、はては西陣と対にしているのでは?)

わらべ
わらべ

京の通り名数えうた(南北の通)

てらごこ ふやとみ やなぎさかい(寺御幸 麩屋富 柳堺)

寺町通(てらまちどおり)

なぜ寺町通から始まるのかという点について少し考えてみました。

寺町通は、平安京の東京極大路でこの通りが都の東の果てとしたのではと推測しています。

御幸町通(ごこまちどおり)

麩屋町通(ふやちょうどおり)

富小路通(とみのこうじどおり)

柳馬場通(やなぎのばんばどおり)

丸太町柳馬場を京都地方裁判所沿いに下がると、以前ご紹介した御所南小学校校があります。

堺町通(さかいまちどおり)

御所の堺町御門を出て、夷川通を超えたところにキンシ正宗堀野記念館があります。

   

たかあい ひがし くるまやちょう(高間 東 車屋町)

高倉通(たかくらどおり)

間之町通(あいのまちどおり)

東洞院通(ひがしのとういんどおり)

車屋町通(くるまやちょうどおり)

   

からすりょうがえ むらごろも(烏両替 室衣)

烏丸通(からすまどおり)

両替町通(りょうがえまちどおり)

室町通(むろまちどおり)

衣棚通(ころものたなどおり)

   

しんまち かまんざ にしおがわ(新町 釜座 西小川)

新町通(しんまちどおり)

釜座通(かまんざどおり)

丸太町釜座から欅並木を上ると、京都府庁の旧本館(国の重要文化財)の美しい洋館が目に入って来ます。

西洞院通(にしのとういんどおり)

小川通(おがわどおり)

   

あぶらさめがいで ほりかわのみず(油醒ヶ井で 堀川のみず)

油小路通(あぶらのこうじどおり)

醒ケ井通(さめがいどおり)

堀川通(ほりかわどおり)

   

よしやいのくろ おおみやへ(葭屋猪黒 大宮へ)

葭屋町通(よしやちょうどおり)

猪熊通(いのくまどおり)

黒門通(くろもんどおり)

大宮通(おおみやどおり)

   

まつひぐらしに ちえこういん(松日暮に 智恵光院)

松屋町通(まつやまちどおり)

日暮通(ひぐらしどおり)

智恵光院通(ちえこういんどおり)

   

じょうふくせんぼん はてはにしじん(浄福千本 はては西陣)

浄福寺通(じょうふくじどおり)

千本通(せんぼんどおり)

千本通は、平安京のメインストリート朱雀大路ですが、まちは西の方向へ寂れたとのことです。

戦後、千本丸太町より南西には、畑が点在していたとのおやじの談。

  

京の通り名数えうた、いかがだったでしょうか。

「あっ、聞いたことがある。」とお感じになられた方もいらっしゃると思います。

京わらべうたのひとつで人口に膾炙した側面もありますが、まちなかでふと口ずさんでいると碁盤の目と化した京のまちが自然と頭に浮かぶようで、不思議と迷子から脱出できることに気がつきます。

まちなか散歩の際、一度お試しください!